ロンドン日記

大名古屋近郊在住。

他人の死

そしてさみしい少女の弔いの席上で
共に学んだ娘たちはインチキの涙流す
話したこともないくせにさも仲良しだったように
「あの子、いい奴だった」なんて
顔も覚えてないくせに

『ノゾミ・カナエ・タマエ』 大槻ケンヂ


マイケル・ジャクソンのCDが驚異的に売れているらしい。

忌野清志郎しかり、hideしかり、尾崎豊しかり、あるアーティストが、死をきっかけに再び注目されて再評価されるという流れは別段おかしなものではないが、自分がどうも違和感を感じるのは、そこに大量のミーハーうんこ人が紛れ込んでいると思われるフシがあるためである。

生前は別に気にも留めていなかったようなのが、亡くなった途端に「偉大なアーティストでした」「あの人
の作品のおかげで、私は人生の何たるかに気付くことができました」とか言い出す。

オノレが「にわか」であるという自覚すら持たないにわか信者が、野ざらしのうんこに涌いた蛆虫のようにそこかしこで蠢きながら、他人の死によって「大切なものを無くした自分」を演じ、自らこれに酔っている様というのは、特にジャクソンファンでもない自分から見てもあまり気分のいいものではない。

だからといって、あれほどの大スターが亡くなったにもかかわらず、「そうですか、それはそれは」と流してしまうのも、それはそれでどうなのかという気がせんでもない。

では一体どういうのがこの場合の正しいリアクションなのかといえば、まぁ知らん。
知らんけれども、ただ一つ断言できるのは、この先もし自分が死んだときには、みんなでうんこを投げたりしてその死を悼む必要はないということなんだ。


マイケル・ジャクソンさん:5作品がオリコントップ100入り 史上初、15万枚追加も

 25日に急死した米歌手、マイケル・ジャクソンさんのCDとDVDの計5作品がオリコン週間ランキング(7月6日付)の100位以内に入り、前週(6月29日付)の300位圏外から上昇したことが分かった。マイケルさんのCDが100位以内に4作品入るのは初めて。

 100位入りしたのは、アルバム総合ランキングで08年2月発売のベスト盤「スリラー25周年記念リミテッド・エディション」が38位、08年9月発売のベスト盤「キング・オブ・ポップ ジャパン・エディション」が52位、03年11月発売のベスト盤「ナンバー・ワンズ」が83位、05年8月発売のベスト盤「エッセンシャル・マイケル・ジャクソン」が96位。DVD総合ランキングで04年3月発売の「ナンバーワンズ」が96位。

 マイケルさんの作品が同時に100位以内に入るのは87年11月9日付ランキングで、「BAD」(8位)、「スリラー」(71位)、「BAD(1500円)」(96位)の3作品が最高だった。マイケルさんの死去が報じられた26日昼の時点で、所属レコード会社には15万枚の注文が殺到、追加生産分が今週店頭に並ぶ予定で来週以降さらに浮上が予想されるという。【服部美央】

毎日jp

コメダのコーヒーの美味い飲み方について

先日、職場の自販機でブラックコーヒーを購入して一息ついていると、ドミンゴ氏がやってきて、「なんと、君はブラックコーヒーを飲んでいるのかね? まったく理解の範囲を超えている!」とか言う。

このドミンゴ氏は、常日頃から買い食いばかりしている困ったおっさんで、ともに昼飯を食いに出かければ、焼きそば定食とか、もっぱら炭水化物のみによって構成されるようなメニューを嬉々としてオーダーし、あまつさえ「ご飯は大盛りにしてくれたまえ」などと言って、すべてペロリとたいらげる。

そんなことだから彼の腹回りは大変なことになっており、そうした体型の常として、常に腰を患っているが、どうやら当人は、オノレの体型と腰の悪さの間に何らの因果関係も認めておらん様子で、日々「ふふーん」とか言いながら炭水化物を食らいまくり、概ね3ヶ月に1回の割合でギックリ腰に苦しめられている。

このように定期的に腰を悪くしては、奇怪な歩き方で出社してくるので、最初の間は社内の人々も「大丈夫ですか? うんこではないのですか?」と心配していたものの、近頃では「なんだ、またやりやがったよ。まったくうんこだよ」と、陰でひそひそやりだすテイタラクで、可哀想と言えばそう言えんこともないが、まぁどうでもいい。

そんな人物だから、甘くない缶コーヒーを購入するなんて人知を超えた行いとしか思えんのかもしらんし、もっといえば砂糖が入っていないだけ損であるぐらいに考えているんかもしらん。
その心の内は自分には知る由もないが、別段知りたくもない。



自分がコーヒーをブラックで飲み始めたのは一体いつからであったか、今となっては定かでないけれども、『コメダ珈琲店』と称するチェーンのカフェーに通い始めた頃には既にそうであったように思う。

自分が当該チェーン店に通い始めて既に数年が経過しているが、率直に申し上げてこの店の珈琲を美味いと思ったことはいまだかつて一度もなく、むしろ変に濃すぎて不味いというのが正直な感想で、そうした思いをこの数年間、自分は胸に抱き続けてきた。

だったら他のメニューをオーダーするなり、よその店に行くなりすれば良さそうなものではあるが、まぁそれはそれ、いずれ時機を見て考えるさと言って、なんとなくやり過ごしているうちに今に至った。

そのコメダ珈琲店のコーヒーも、若干の砂糖を加えると美味くなるということに、今日ようやく気づいた。
いささか時間がかかり過ぎたようでもある。


ブラック コーヒー - 教えて!goo 
珈琲所 コメダ珈琲店 ホームページ
コメダ - Wikipedia

-25度からのメッセージ

ケイイチ・ヨハンセン・ツジのうんこから電話が入った。

ケイイチ・ヨハンセン・ツジは、自分の古い友人の1人で、マッチ棒に似ているので、一部では「マッチ」とも呼ばれているが、近藤真彦にはまったく似ていない。

そのヨハンセンが「もしもし? 実はツジやでぇ」といって電話をしてきたので、一体何の用かと思えば、「俺は今、-25度の冷凍庫の中から貴様に電話をしているのだよ。どうだい? 驚いたろう?」などと言う。
何を好き好んでそんな所に入り込み、あまつさえ自分に電話をしてきたのかは知らんけれども、とりあえず「そうか」と言っておいた。
そして、「こいつはバカだ、うんこだ、うんこ人だ」と思った。



そんなことより、どうも前々から気になっていたのだけれども、近頃自分のジーパン姿が著しく野暮ったい。
喩えるなら、ジーンズなど穿き慣れんお父さんが、休日に家族からそう言われて穿いてみた的な、そんな感じのロマンがある。

けれども、どれだけロマンに満ち溢れていようとも、野暮ったいのはいけない。
そこで自分はこの「日曜日の親父イメージ」の根源を仔細に分析した結果、これはもうジーパンそのものを替えるしかないという結論に達した。
確かに近年自分の身におっさん化現象が巻き起こっているのは否定のできん事実ではあるが、本件に関する限りは徹頭徹尾、着用しているジーパンの形状の問題であり、換言すれば、このジーパンさえ別のタイプに替えてしまえば、問題はたちどころに解消すると、こういう寸法である。

というのも、ここ最近自分が着用していたジーパンは、たまたま古着屋で安価に売られていたことで購入したリーバイスの503だったんであるが、503は太い。
太いジーンズをスマートに着用するには、それ相応の心意気が必要とされる。
けれども自分は、なにしろ骨の髄までメイドインジャパンなので、「こんなアメリカンズボンなんか、うんこだ。さもなくば何かだ」と言って、あまりそんな心意気を示そうとはせずにきた。
これでは野暮ったくなるのも道理である。

要するに、それ相応の覚悟もないまま、変に安価な古着などを着用したのがいかんので、こういう状態を指して古来より、「安物買いの銭失い」と称する。

そこで自分は早速、仕事の帰りにジーンズ販売店に立ち寄り、「君、わしにリーバイスの505を売ってくれたまえ」とそう言ってやった。
外は篠突く雨であった。

ところが店員のハシモトさんときたら、「あいにくですが、リーバイスの505は置いておりません」と言う。
一体どういう了見で505を置いていないのかは知らんけれども、そうかと言ってよその店へ行くのも億劫である。
どうしたものかと途方にくれていると、ハシモトさんはいたずらな小悪魔を装って、同じリーバイスの501を強力に推薦してきた。
仕方がないので、「では君、501でいいから売ってくれたまえ」とそう言って、これを購入することにした。

リーバイス501といえば、全てのジーンズの原点と言われるような由緒正しいモデルである。
従って、その形状は変に太くも細くもないオーソドックスなもので、シルエット的には何ら問題ないんであるが、いわゆる社会の窓がジッパーではなくボタンで留める仕様になっており、放尿するたびに開け閉めが面倒くさくてイヤだ。
しかし、「日曜日の親父イメージ」はもっとイヤだ。
どちらもイヤだが、こうなっては背に腹は変えられん。

そうして501を購入して店を出ると、既に雨は上がっていた。


Levi's® 501®

とかげおじさん

何か四つ足の黒い影が道路を横切ったように見えた。
が、それらしい動物の姿はない。
気のせいだと思って通り過ぎると、ほどなくしてバックミラーに見慣れないものが現れた。
そうしてみるみる接近してくる。

どうも変だと思ったが、近づいてくるとますますおかしい。
四つん這いになった人間が、凄いスピードで追ってきているのだった。
通常、人間は四つん這いであんなに速く走れるものではない。
それも犬や猫のような軽やかな走り方ではなく、コモドドラゴンか何かの巨大爬虫類のように身をくねらせながら、それでいて凄まじい速さで追いすがってくる。
自分は恐怖した。

アクセルを踏み込んで振り切ろうとすると、そいつも合わせて加速した。

ningenhyo
※ 画像と本文は関係ありません。


このままではじきに追いつかれるに相違ない。
そしてつかまってしまえば、この異形の生き物に、頭から丸呑みされるかも知らん。

あぁ、嫌だ、それは嫌だなぁ。

と思ったその瞬間、そいつは驚異的な跳躍力で車の上に飛び乗り、フロントガラスの上から逆さに覗いてきた。

その顔は自分のソウルメイト――キデ・カツヒサだったので、驚いた自分は「あ!」と言って急停車した。
するとキデ・カツヒサは、空中でひらりと回転し、美しく着地した。

そうしておもむろに二足で立ち上がってこう言ったのだ。

「君ぃ、ひどいじゃぁないか。久しぶりに会ったのになぜ加速して逃げるんだね?」
「い、いやぁ、まさか君だとは思わなかったものだからねぇ」
「まぁいいさ。それじゃぁ行こう。なに、僕の家まで送っていってくれたまえよ」

キデ・カツヒサはそのまま助手席にするりと乗り込んだ。
それからキデ・カツヒサは昔の友人たちの消息などを語り始めたが、自分はどうも、この人物が本当にキデなのか、そもそも本当にこいつは人間なのかと気が気でなかった。

禁煙について

禁煙を始めたのが昨年の8月だったので、もう少しで1年になるというと、周囲のうんこ人たちからは「君は、うんこだ。うんこの中のうんこだ。すなわち下痢便だ。大したものだ。ひとかどの人物だ、いや、うんこだ」と、大変な賞賛を受けるが、別段嬉しくもなければ凄いとも思わん。
そもそも自分はうんこではない。
うんこでない者をつかまえて、「うんこだ下痢便だ」と持ち上げるのは、賞賛ではなく悪口である。



先日、職場の新人であるロドニー・コールドウェルの奴が「みなさん、私はこの一箱を吸い終えたら禁煙を開始します」と、自らの煙草を指して言う。
始めもせんうちから禁煙を宣言して、うまくこれを継続せしめた例を自分は見たことがない。
ロドニー・コールドウェルの普段のうんこ人ぶりを考え合わせても、3日と継続できるはずがない。

果たして彼は、翌日になると例のごとくタバコをスパスパやりながら、「ふふーん」とか言っている。
「君ぃ、禁煙はどうしたのだね?」とそう言ってやると、「いやぁ、そんな昔のことは忘れちまいましたよ。『俺は昨日の俺ならず』ですよ」とうそぶいて、坂本龍馬のフリをする。
まさしくうんこの中のうんこ、すなわち下痢便であると言えよう。



禁煙に必要なのは、喫煙の誘惑に打ち勝つ強固な意志などではなく、単にタイミングである。

古来より、禁煙が困難であるとされるのは、「もう金輪際、タバコなど吸わんですよ。ぺっ!」とか言って、持っているタバコや喫煙具をうち捨てたり、「喫煙は、腐れ縁だ」とか「女教師は喫煙しない」とか書いた紙を自室の壁に貼り付けてみたり、周囲のうんこ人仲間に「いいかい? 今後この私が喫煙しているのを見つけたら、君に1万円やるから、頑張ってくれたまえよ」と言ってみたりして、オノレを追いつめるために他ならん。

禁止されればやりたくなるというのは、太古の昔から変わらない人間の性質で、アダムとイブがそうした誘惑に打ち勝てず、禁断の果実を食ったからこそ、君もあなたもうんこ人もクソ人間も、今そこに存在しているんである。

つまり上記のごとくにオノレを追いつめるのは、いたづらに喫煙の欲求を高め、人間の原始的欲求を刺激することとなるばかりで、百害あって一利もない。
快男児でもなんでもないただのうんこ人がこんな方法を採択して、禁煙の継続など到底できるものではない。



オノレを縛らずに禁煙するには、開始するタイミングが何よりも重要なんであって、「この一箱を吸ったら禁煙する」などと言って、我と我が身を縛ってはいけない。
一箱吸い終えた時点で気が向いたら禁煙すればいいんである。

あと、「もう一生涯、タバコは吸いません」などと大上段に振りかぶるのは、これも自身を追いつめることにつながるので、やはりよした方がいい。
宣言するにしても、「今日1日は喫煙せんからそう思いたまえ」ぐらいにしておくべきである。
「今日1日」の禁煙を毎日繰り返せば、1ヶ月になり半年になり1年になるわけで、そのまま飽きなければ10年とか20年とかになるかも知らん。

第一、誰にもわからん未来について断言するなど、身の程知らずもいいところである。
現に自分など、老後のメシの種にするつもりでここ数年の間「うんこ道」という武道の鍛錬に励んできたが、うんこ道師範アダム・アラミスとの間に諍いを生じさせた結果、「お前はもうあれだ、破門だ。インフルエンザだ」と言って、破門されてしまった。
おかげで、老後どころか今の小遣いにもならん。

あんまり業腹なので、アダム・アラミスの車のタイヤの溝に、小石をいっぱい咬ませておいてやった。
これで奴が車を動かすたびに、タイヤの回転に応じて「チャッチャッチャッチャ」と小石が謎のノイズを打ち鳴らし、その地味なうるささにたまりかねたアラミスのうんこは、「あぁ、一体何がチャッチャッチャッチャといっているのだろうか、あぁ、うきぃ!」と言って、発狂してサルになるに相違ない。
なぜならば、奴はうんこモンキー野郎だから。



要するに、禁煙を成功させるには、「ちょうどいいタイミング」を伺って開始し、飽きたらやめる程度の気持ちで臨むのがよろしい、ということである。
禁煙に飽きたら喫煙すればいいし、そうなったらまたタイミングを捕まえて禁煙すればいい。

まさかそんなバカなことはないとは思うが、もしもあなた方が「おいおい、人をバカにするにも程があるぜ。そんな禁煙では、禁煙にならんじゃぁないか。このクソ野郎」と言ったり、「それではいつまで経っても始められないし、仮に始めたとしても10分で飽きてしまう。だからそんなやり方はうんこだ。うんこ人だ」と言うようなクソ人間であるのならば、無理に禁煙などする必要はないので、せいぜい気分よくスパスパやってればいいじゃない。


へどろ夫妻

くしゃみの語源は「嚔(くさめ)」という言葉である。中世の日本ではくしゃみをすると鼻から魂が抜けると信じられており、そのためにくしゃみをすると寿命が縮まると信じられていた。そこで早死にを避けるため「くさめ」という呪文を唱えるようになり、いつしかそれが「くしゃみ」という名前となり、その行為そのものを指すようになった。
「くさめ」という呪文の語源ははっきりしておらず諸説あるが、現在の「糞食らえ」という言葉の古語である「糞食め(くそはめ)」が変化したものであるという説が有力である。他には陰陽道の「休息万命(くそくまんみょう)」が縮まったものとする説、くしゃみの擬声の名詞化とする説などがある。
また、良く聞かれる「ハクション」という声は日本独自のもの。外国では地域ごとに異なる。

くしゃみ - Wikipedia


今日、昼飯を食いに入ったファミレスで、「おぅっふ!!!」と怒鳴ってくしゃみを連発する者が在る。
見ると果たして老人であった。

若者でも、大声を出さなければくしゃみができんと思い込んでいるうんこ人は多々いるが、老人の有無を言わさぬそれには到底かなわん。なにしろ歴史の重みに裏付けられている。

当該老人は、比較的最近職を辞した人のような面持ちで、コーヒーをちびちびやりながら夫人と向かい合っている。
それは心温まる平和な光景ではあるものの、くしゃみがうるさいのは迷惑である。

しかしながら、自分より何十年も長く生きてきた見知らぬ人物に対して、「くしゃみがうるさいから、黙ってやってくれたまえ。さもなくば人糞だ」とそう言ってやるような剛の者ではない。

そこでうるさいなぁ、うんこだなぁ、と思いながらも、遠くを眺めて気を紛らわせていたが、当該老人は誰も文句を言わんのをいいことに、さらに「おぅっふ!!!」「おぅっふ!!!」を際限なく繰り返す。

13回目の時点で、さすがに一言ガツンと言ってやろうと思ったら、老人は口から緑のヘドロを垂らし始めた。
もしやと思って夫人を見ると、夫人はやはり褐色のヘドロを吐き垂らしていた。

あれが有名なヘドロ原人であるとは、思いもよらなかった。


いい年して、人前で大きな声だしてくしゃみするひとをどうおもいますか? - Yahoo!知恵袋

大福と饅頭

先日、近所のジャスコで大福5個パックを購入し、冷蔵庫に入れたままうっかり食いそびれていたのをふと思い出し、随分得をしたような気分で1個食らってやった。
そうしてついでに牛乳をコップに注いでぐびりとやって、いい心持で眠っていると、じきに腹痛で目が覚めた。
時計を見ると、夜中の3時である。

こんな時間に腹痛で目覚めるなんて尋常ではない。そもそもふざけている。
面倒くさいので、腹痛などはシカトしてそのまま惰眠を貪ろうとした試みたが、なかなかそうもいかんようだったので、しぶしぶトイレに籠もることにした。

大福(だいふく)は、小豆でできた餡を餅で包んだ和菓子の一種。大福餅(だいふくもち)とも。

餅はきめ細かくつかれているものを使い、餡の量は餅と同量以上であることが多い。食用の粉をまぶしてあることも多い。

餅に豆やヨモギを加えたものや、餡の代わりにイチゴやカスタードクリームを入れたものなどさまざまなバリエーションが存在する。 そのまま食べることが多いが、好みによって焼いたり、汁粉に入れたりする。大福を自宅で作る際は、餅に砂糖を混ぜておくと硬くなりにくい。しかし効かせ過ぎると、味がくどくなるので注意が必要である。工場で生産され、流通経路を介して販売される製品も同様の傾向がある。

大福餅は、腹持ちがよいことから腹太餅(はらぶともち)、大腹餅(だいふくもち)と呼ばれていたものが、吉字を使った大福餅に変化したという。

大福- Wikipedia



ところが、腹は痛いにもかかわらず、どれだけ頑張っても一向にうんこの奴が排泄されん。
そうこうするうちにも痛みは次第にいや増して、もはや成人男子の許容限界を超えようとしたまさにその瞬間、「はは〜ん、これはあれだ。腸ではなくて胃が痛いに相違ないぜ。だって、吐き気もするし」ということに思い至った。

そこで即座にゲロ体勢を取り、便器に覆いかぶさってみたところ、案の定、あんと餅と牛乳が大変な勢いで噴出された。
噴出されてもあんと牛乳は、それぞれであり続けた。
しかし餅はもはや何かであった。
その光景を目の当たりにした自分は、「気色が悪いなぁ」と思った。

後で確認してみると、大福は既に消費期限を4日ばかり過ぎていた。



という話を職場でジャクリーン・ヨーゼフのオカマ野郎に語って聞かせたところ、「でも饅頭って、時々無性に食べたくなるから侮れないのだよねぇ」などと言う。

饅頭の話など誰もしていない。
そもそも大福と饅頭の区別もつかんような奴は、うんこと大便の区別もつかんに相違ない。

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100k(一〇〇系)

Author:100k(一〇〇系)
ロンドンとかまったく興味ありません。
あと、「東京も大阪も、大名古屋人が造った街なんだぜ」と林君が言ってました。
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